ヨーグルトの起源・歴史

発酵乳の歴史は古く、おそらく人間が草食動物を飼い馴らし、その乳を食用とし始めた時にまで遡るとされています。牛は紀元前 8000年頃に東地中海地方で、羊や山羊はさらに早く紀元前1万年頃にはメソポタミア地方で家畜化されていたといいますから、もうこの頃には発酵乳があったと考えてよいでしょう。乳を搾って容器の中に入れておくと、動物の乳首や容器などに付着していた乳酸菌が乳中で増殖し、その乳酸菌が乳糖を分解して乳酸などの有機酸がつくられます。有機酸の力によって乳の腐敗が防止され、独特の風味がつきます。また乳に酵母が混入すれば、アルコール発酵して乳酒となります。これらが発酵乳の原点であり、最初は偶然の産物であったものが、やがて保存と風味付けのために意識的に作られるようになったと考えられています。

発酵乳に関する記録は各地に残されています。
世界最古の文明であるメソポタミア文明を生み出したシュメール人が残した紀元前3000年頃の石版には、牛乳搾りからバターを作るまでの様子が描かれています。メソポタミアで生まれた乳の保存、発酵技術が文明の伝播とともに世界各地へ伝えられ、その土地の風土に適したいろいろな発酵乳が生まれていきました。紀元4世紀にはロシアで馬乳を発酵させたクーミスという乳酒がすでに飲まれており、トルコのヨーグルトやアイラン、インドのダヒ、ハンガリーのタルホなどの発酵乳も8世紀頃までにはそれぞれの土地に定着していたとされています。

旧約聖書にはアブラハムが3人の天使を発酵乳で、疲れ果てた旅人をヨーグルトでもてなしたという記述が、モーゼが発酵乳はエホバの神から授かった最高の食品であるといったという記述などがあります。

また、イスラム教の祖マホメットが発酵乳を乾燥させた固形の発酵種を病気の予防や治療に用いたという記録も残されています。

肉食を戒めた仏教にも発酵乳に関する記述が残されています。お釈迦様が死の直前に説いたとされる「大般涅槃教」には「牛より乳を取り、乳より酪をだし、酪より生蘇をだし、生蘇より熱蘇をだし、熱蘇より醍醐を出す、醍醐は最上のものである」と記されています。これから最高の味のことを醍醐味というようになったといわれていますが、蘇はバターのようなもの、醍醐はチーズのようなものだったと考えられています。

古代中国でも「酪」という食品の製法が記録されており、この酪はヨーグルトの原型的な食品だとされています。
日本では、飛鳥時代の「大宝律命」に宮中に牛乳を供出するよう農民に命じた文書があり、また平安初期の記録には乳製品利用の開始を示す記述がみられることから、すでにこの時代には蘇が製造されていたと考えられています。しかしその後、日本では乳加工は廃れ、江戸時代後半に牛乳を濃縮した「白牛酪」などのあったことが伝えられていますが、諸外国ほど乳製品の利用は広がりませんでした。日本で本格的な発酵乳の製造が開始されるのは第二次大戦後のことです。

ヨーロッパに東方から発酵乳が伝わったのは9~10世紀のこととされていますが、さらに一般への普及はかなり遅かったようです。
1542年、フランス国王フランソワ1世がうつ病と神経衰弱に悩み、コンスタンティノープルからヨーグルトの作れる医師を呼び寄せたという記録が残っています。この時、医師はヨーグルトそのものではなく、生きた羊をパリまで連れて行き、その羊乳でヨーグルトを作ったそうです。ヨーグルトを食べ始めた国王は数週間ですっかり回復しますが、長旅をしてきた羊たちは疲れのためか1頭残らず死んでしまいます。また、医師もヨーグルトの製造法を教えて欲しいという王の申し出を断わり、コンスタンティノープルに帰ってしまったため、ヨーグルトはフランスの人々から忘れ去られてしまったのです。実際、その後のヨーグルトについての記録は途絶えており、ヨーロッパではむしろチーズ作りのほうが盛んだったようです。